大判例

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福岡高等裁判所 昭和23年(ネ)119号 判決

本判決は、被控訴人において金二万円の担保を供するときは、仮りにこれを執行することができる。

二、事  実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟の総費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決竝びに担保を條件とする仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出援用認否は、控訴代理人において「仮りに本件賣買の目的物件が引渡済みでないとしても、右目的物は特定物であり、よしや不特定物であるとしても、被控訴人の現物点檢により特定したものといえるから、その後の控訴人の責に帰せられない盗難による右物件の滅失は、被控訴人の負担に帰し、從つて被控訴人は控訴人に対し前渡代金の返還を請求し得べきでない。」と述べた。

<立証省略>

三、理  由

被控訴会社が昭和二十年九月三十日控訴人との間に、靴底類各千足分を代金三万円及び胛皮を代金二万五千四百四十円(この数量について、被控訴人は二千五百四十四坪と主張するのに対し、控訴人は八十六坪七合と主張する。)で買受け契約を爲し、同日及び十月七日の二回に右代金の金額を控訴人に支拂つた事実、竝びに昭和二十一年九月十七日控訴人に対して期間を同月二十七日までと定めた右物件の引渡催告をするとともに、右期間の徒過による前記賣買契約解除の表意を爲した事実は、いずれも当事者間に爭がない。

右胛皮の数量が被控訴人の主張するように二千五百四十四坪であつた事実は、原審証人福井朝吉、古瀬正信、原審竝びに当審証人古瀬正藏の各証言及び右古瀬正信の証言によつて成立の眞正を認められる甲第五号証によつて明白である。右認定を左右する証拠はない。

ところで控訴人は「被控訴人は控訴人方に來て、双方立会の上、目的物件を点檢して品種数量金額を確定し、控訴人は代金と引換に現物を授受して引渡を完了したのであつて、その際場所的な移轉がなかつたのは、引取りに來るまで一時預つてくれとの被控訴人の希望により、一時預つたからである。されば、引渡不履行を前提とする契約解除は失当である。仮りに引渡済みだとはいえないにしても、元來本件賣買物件は特定物であり、よしや特定物ではないにしても、右のように、現物を点檢して品種数量金額を確定した上、代金全額の授受を爲したのであるから、これによつて賣買の目的物は特定したものといわなければならない。從つて、その後控訴人の責に帰せられない盗難によつて右物件が滅失したのであるから、その危險は被控訴人の負担に帰し、控訴人においては代金返還の義務はない。」と主張し、原審証人田口丑正、松山末市は右引渡済みの事実に沿うような証言をしているけれどもこれら証言は信用できないし、他にはこれを認めるに足るような証拠はない。却つて前記甲第五号証成立に爭のない甲第一、二号証及び原審竝びに当審証人福井朝吉、古瀬正藏、古瀬正信、当審証人松山末市の各証言によれば、製靴を業とする被控訴会社の社員古瀬正藏が旅先きで皮革類の買受け話を持ちこまれたことから話は進み、皮革類を相当量持つているという控訴人方に案内され、昭和二十年九月三十日右古瀬は被控訴会社の代理人として控訴人との間に、現品は見ずに品種数量及び代金を決めて前記のような買受け契約を結び、同日内金として金二千円を支拂い、ついで同年十月七日更らに控訴人方で果たして約定通りの品種数量の現品がそろつているかどうかを調べたところ、底皮類に数量の不足があつたので控訴人において右被控訴会社の代理人に対し、遠からず全数量をとりそろえた上運賃こちら持ちで送付することを確約し、特に乞うて右代理人から残代金全額の前拂を受けた事実を認めることができる。右認定を左右する証拠はない。

これによつてこれをみれば、引渡済みといえないことは勿論、また特定物の賣買でもなく、不特定物に関する契約について給付の物が確定した場合にも該当しないから、よしや本件物件が控訴人の責に帰せられない盗難によつて滅失したものとしても、その危險の負担は賣主である控訴人に帰し、從つて代金の支拂を受ける権利を有しないものといわなければならない。控訴人の右主張は理由がない。

更らに控訴人は「皮革類はそれが民間物資であつても当時統制下にあつて自由販賣は禁止されており、また價格も公定されていて、本件賣買は配給統制及び價格統制に違反しているばかりでなく、本件皮革はいわゆる軍需物資であつて、占領軍によりその所持讓渡を禁ぜられ、いかなる方法を以つてしても個人取引の目的物と爲し得ないものであつたから、この物件の代金として本件金員を控訴人に支拂つた被控訴人は、まさに不法原因給付者であつて、その返還を請求し得べきでない。」というが、民法第七百八條の不法原因というのは、倫理思想に根ざす公序良俗に違反する場合、すなわち社会的妥当性を欠く醜惡な場合を指し、單にその時における国家の政策的立場よりする強行法規に違反するだけの場合はこれを含まないものと解するのが相当であり、本件皮革の取引が当時の統制法規に違反したればとて、またよしやそれがいわゆる軍需物資であつたとしても、平時の社会においては普通の商取引であつて、倫理思想にそむき、社会的妥的性を欠く醜惡なものとはいえないから、被控訴人の本件前渡代金の交付は、右法條にいう不法な原因のための給付に該当しないものと断ぜざるを得ない。けだし、第七百八條は民法第九十條と竝ぶものであつて、第九十條が法律行爲を全体として観察し、社会的妥当性を欠くときにこれを無効としているのに対し、第七百八條は給付を観察し、給付者がその給付を爲すことによつて倫理思想に反し、社会的妥当性に欠くる事情の生ずるときだけ、その回復を阻止することを規定しているものであるからである。控訴人の右主張もまた理由がない。よつて、控訴人に対し前渡代金五万五千四百四十円及びこれに対する解除の日の翌日以降の年六分の割合による利息の支拂を求める被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四條第八十九條第百九十六條を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 小野謙次郎 竹下利之右衞門 森田直記)

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